添削例・講評例

短歌講座の受講者作品から優秀作とその講評を掲載しています。

米川教室

春一番庭木に止まりしヒヨドリが使わぬ筋肉駆使して堪える
青島由美子(神奈川県)
強風に使わぬ筋肉を駆使している―なかなかおもしろいとらえ方です。一生懸命が筋肉に象徴されています。 草田照子講師選・評

佐佐木教室

行く秋の日ざしに伸びをするごとく射水の川は流れをりたり
北澤道子(東京都)
ここでの大切は「伸びをするごとく」です。万葉時代の地名を上手に生かしました。 宇都宮とよ講師選・評
声高くボートの歌を捧げたり梅雨の晴れ間の西東京墓苑
矢島淨藏(東京都)
結句、友の墓前等と言わず、地名を言ったところが良く、又、上の句も情景が浮かびますが、歌の曲名で、ボートの歌とわかるものがあったら、それを使いたい。事実歌ったのではなくとも構いません。 斎藤佐知子講師選・評
少子化の進みゆく町にコンビニと塾だけが増え闇を照らせり
森田小夜子(静岡県)
ジャーナリスティックな着眼が生きています。地方都市の風景を通して、時代の断面が切り取られています。「闇」という語彙はここではやや饒舌過ぎる印象で、ここは「夜」ぐらいでいいと思いますが、全体としては成功したと言えます。 谷岡亜紀講師選・評

高野教室

冬空にスカンジナビア半島のかたちの雲が溶け出している
田中泉(千葉県)
雲を地図に見立てるのは珍しくありませんが、成否はどこの地名を用いるかだと思います。その意味でひとまず成功している作品となっています。 津金規雄講師選・評

岡井教室

朝漁の鰯はきれいターコイズブルーの縞が背中に光る
小柳啓子(神奈川県)
さわやかな気持のいい歌です。「きれい」と言ってここでいったん切れるのでしょう。視覚がよく働いていて、「ターコイズブルー」というくっきりとした色が、歌の印象を鮮明にしました。 中川佐和子講師選・評
矮(ひく)き樹の細き枝にもあかあかと柿の熟して幼児(こ)等(ら)よろこびぬ
雲井綾(東京都)
小ぶりの柿の木に実が熟して、丈が低いから子供の手にも届くのですね。ていねいに柿の木の描写がされていて好感を持ちました。「幼児等」は単に「子ら」でもよかったかもしれません。 田中槐講師選・評

今野教室

小町通りの人込み抜けて着きし寺萩さやさやと風吹き渡る
松谷未知(神奈川県)
「小町通り」の固有名詞が効果的ですね。「さやさや」の擬音語の使い方も的確です。雑踏を抜けてきた静かな萩のお寺で風の音をきいている作者の姿が立ち上ってきます。 岡村彩子講師選・評
俳句クラスの受講者作品の中から、優秀作とその講評をご紹介しています。

俳句・武田クラス

八月や父のレイテにいつか行く
木村清子(埼玉県)
レイテは、太平洋戦争の末期に日本軍が惨敗した島。遺骨も還って来なかったのだろう父の霊を、その島で弔いたいのだ。毎年その思いが一際強くなる、ああ八月。 武田伸一講師選・評

俳句・黒田クラス

まつすぐな気持の対話夏の雲
中村紀子(北海道)
心持ちがまっすぐである人との会話ほど、胸に響くものはない。心和むときも、つらいときもあるかもしれない。作者の対話は前者であろう。夏の雲が輝いている。 名取里美講師選・評
馬鈴薯の花羊蹄山を持ち上ぐる
澤辺貞子(北海道)
作者は北海道にお住まいである。見渡す限りの馬鈴薯畑が花盛りを迎えているのだ。羊蹄山がその上にぽっかり浮いて。この句の「馬鈴薯の花」は「いものはな」と五音で読む。 髙田正子講師選・評

俳句・小川クラス

漁火の沖へ銀河のなだれけり
神長哲郎(千葉県)
暗く大きな夜の海に、人間の営みの「漁火」が点る。そして遠く沖には、壮大なる宇宙からの銀河の光りの帯が悠然と傾れている。大きな句です。 志田千惠講師選・評

俳句・深見クラス

秋天や魁夷の世界より青し
長谷部俊雄(千葉県)
広がる空の青さに存分に浸りながら、東山魁夷のあの特有のエメラルドグリーンの青を想ったのだ。魁夷の絵も好きだが、秋天の深い青の清澄さに殊に感動している。 あらきみほ講師選・評

俳句・稲畑クラス

大比叡のより高々と寒の空
Y.M.女性(京都府)
京住まいにとっては東山と比叡は親しく大いなるお山でありましょう。「より高々と」寒の空に立っている比叡は信仰の山としてのみならず、心のよりどころともなることでしょう。崇高な景の描写がよく出来ていて大変結構です。 田中由子講師選・評
除夜の鐘平和を祈る音ときく
川口茜舟(東京都)
世界平和を祈る音として聞く除夜の鐘ですね。世界中に戦いのない年でありますようにと祈る心持で聞かれたのでしょう。「平和を祈る音ときく」とうまく詠まれています。 田中祥子講師選・評
日のさして草ひかり合ふ霜の朝
M.K.女性(千葉県)
草ひかり合ふ霜の朝がいいですね。光が詠めています。 水田むつみ講師選・評

俳句・大串クラス

木犀の残り香もなくひとは独り
垣崎宏子(東京都)
一斉に咲き、一斉に散り、たちまち香りも残らない花屑になってしまう木犀に「人は所詮独りなのだ」という思いを組み合わせて、一種哲学的な雰囲気を持つ作品になっています。このような句は賛否両論あるかも知れませんが、作者独自の感覚がいいと思います。