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文章教室・錬成コースの推薦作品1

文章教室・錬成コースのの推薦作(課題自由題1600字)より、山下ゆり子さんの作品をご紹介します。
担当講師の推薦の評もご覧ください。

「娘の緊急入院と孫娘」 山下ゆり子氏作

(課題自由題)

 同居している娘(四十七歳)が下腹部痛を訴え、二月二十三日の朝、一時間近くかかる那須の病院へ夫の車で緊急入院した。

 昨年一月に婦人科検診で卵巣膿腫が発見されたものの、これまでずっと経過観察で来た。今年の一月までは大きさも二センチくらいだったのに、二月二十日、何となく異常を感じて病院へ行くと、七センチに肥大しているから切除した方がいいと言われ、一週間後に手術を決めていた。それが急に痛み出したのだ。

 同居といっても私は、廊下でつながって独立している住居に一人住まいである。玄関は別々に付いている。娘一家は夫婦に女の子二人の四人家族だ。長女のミキは大学生で水戸に下宿している。春休みで帰省中だったが、たまたまこの日は朝早く友人と出かけ、帰りは終電になりそうと言っていた。年の離れた次女のミホは幼稚園の年長だ。九時の送迎バスで登園した後、急遽、ママが病院へ行ったので、事情は全くわかっていない。

 皆を送り出し、私は娘の容態を案じつつも二軒分の洗い物、掃除、洗濯に追われていた。体を動かしているほうが、かえって気が紛れる。娘の夫からの連絡で、三時に緊急手術をすることになったそうだ。ミホには手術とは言わず、「ママは入院するが、パパは遅くなっても必ず帰る。大丈夫だから安心してバアチャンと寝てなさい」と伝えてくれと言われた。

 三時に幼稚園バスを降りてきたミホは、迎えが私なのを見てちょっと寂しそうだったが、近所で仲良しのミッチャンのママが、「うちで一緒に遊ばせて夕方送って行くから」と言ってくれた。ミホも喜んでそのままミッチャンちへ行ったので、少しほっとした。

 夫からは定刻に手術室へ入ったと電話があっただけで、終了予定時刻の四時が過ぎても連絡がない。だんだん不安になった五時少し前、電話が鳴った時は心臓が飛び出しそうだった。「やっと無事に終った。かなり大変で、一部腸に癒着していたが、何とか摘出に成功した」そうだ。思わず安堵の溜め息が出る。

 間もなくミッチャンのママに送られてミホが帰ってきた。パパから言われたとおりを伝え、「バアチャンと寝て待ってようね」と言うと、意外とあっさり「いいよ」と言う。やれやれ、わりと聞き分けもいいし、それにパパっ子で、帰りの早い時はいつもパパと寝ているから大丈夫だろうと、胸をなでおろした。

 ミホは向こうのリビングでテレビを見ている。私は急いでサラダを作り、二人でレトルトのカレーを食べた。「風呂には一人で入る。髪も自分で洗える」と言うのでまかせて、洗い物をした。八時前、うちの電話が鳴る。パパからで、やっと麻酔から覚めたがもう少し付いていて、十時頃に帰ると言う。

 話しているうち向こうの風呂場から押し殺したような泣き声がした。電話を切り上げて行ってみると、ミホは濡れた髪のまま風呂場から顔をのぞかせ、しくしく泣いている。初めてパパもママもいない夜で、バアチャンまでいなくなって心細かったらしい。

 濡れた体を抱きしめてやると、しゃくり上げながらも泣き止んだ。鼻水でずるずるになった顔をタオルで拭いてやった。少し落ち着いたのか、体は自分で拭き、パジャマを着る。ドライヤーで髪を乾かしてやったらさっぱりして、やっと気持ちも落ち着いたようだ。

 「バアチャンちでパパを待ち、お布団の中で本を読もう」と言うと、早速うちへ来た。ひとつの布団に入って二人で絵本を読む。大好きな「人魚姫」をできるだけゆっくりとドラマチックに、声色を使って読んでやった。次は「ハイジ」にしようと取り上げた時、隣の玄関でジャラジャラと鍵の音。

 「パパーッ」とミホは布団から飛び出してパパの元へ。そのまま「パパと寝る」と帰っていった。「ああ、長い一日もようやく終わった」と肩の荷は降りたが、少し寂しかった。

 その後、娘は順調に回復、予定通り一週間後には退院し、二週間後、もとの生活に戻った。

推薦の評

添削講師 外村民彦氏

 娘の緊急入院にその夫が付き添い、一人残された孫娘の相手をした様子を実況放送のように描写して、生き生きした内容だった。廊下の扉一つを境にして、「あちら」と「こちら」を行き来する祖母と孫娘。二世帯住宅のよさがにじみ出ている。「あちらのフロで泣きじゃくる孫」の声に、「こちらからかけつけて慰める祖母」。現代の三世代の生活の理想的な一面だと思う。

 千六百字の“長編”は大変だったようだが、他に好作品としては笠満氏「就職氷河期に思う」、茂手木氏「朝の登校風景」など。