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文章教室・錬成コース 2月の推薦作品から

 今月は2月の推薦作(課題「責任」800字)より、屋代彰子さんの作品をご紹介します。
担当講師の推薦の評もご覧ください。

「任に責めを負う」 屋代彰子氏作

(2012年2月課題「責任」)

 「それはお母さんの責任でしょ!」は、毎日のように娘の口をついて出ることばである。我が家では、「責任」という言葉はひとを責める(攻める?)時の常套句として、いや万能語として使われている。もちろん、これは我が家の場合である。

 責任とは、任に有るものが責めを負うことであると、私は思う。最も重い責めは、任を辞することだろうか。でも、もし任を辞して責任が果たせるなら、端から見ればむしろ簡単である。「辞めることも仕事の内」と豪語した政治家がいたが、それでは済まないだろうねえ。

 もうすぐ一年になるが、「東北大震災」で起きた原発事故にどう対処したか、政府の議事録が全くないらしいことが分かった。皮肉なことに、ほぼ同時に米国の原子力安全委員会の詳細な議事録が公表された。その生々しいこと。日本の議事録も、ないはずはない。テープはどこに行ったのか? もし本当に録音していなかったのなら、日本の官僚は「基本のき」も忘れるほど情ない存在だったことになるし、隠蔽しているなら、指示を出した政治家の責任である。いずれにしても救われないのは私たちだ。失敗を記録して経験を継承しなければ、また同じ過ちを繰り返すことになる。継承しなければ、国民に知恵がついてゆかない。誰かが任を辞することで責めを負われては、国民が損をする。どんなに時間がかかっても、記録を白日の下に出すことが責任の取り方である。

 生涯を通して辞することのできない任がある。親としての任である。親は、自分の失敗もミスもすべて白日の下にさらし、子はそれを自分の人生の糧にするしかない。開き直りかも知れないが、そうするのが親の責任である。

 これほどに親としての覚悟はできているのだから、「お母さんの責任でしょ」などと、いちいち言うな!

推薦の評

添削講師 山崎幸雄氏

 最後まで読んできて、「いちいち言うな!」との啖呵に大笑いしてしまいました。冒頭の「お母さんの責任でしょ!」から、周到に構成されたエッセイです。しかも中段で「東北大震災」での政治家の「責任」に触れ、そのような重いテーマを振っておいて、さらりと身をかわし母娘のユーモラスなやりとりで全体を貫くあたり、巧みな文章術でした。