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文章教室・錬成コース 10月の推薦作品より

 今月は10月の推薦作(課題「探す」800字)より、辻岡千枝子さんの作品をご紹介します。
担当の添削講師の推薦の評もご覧ください。

「センサーは? レバーは?」 辻岡千枝子氏作

(11年10月課題「探す」)

 

 近所のデパートのトイレを時々、借りる。

 個室のドアを開けると、ピン、ポンと音がして、「このトイレは、センサーに手をかざすか、ドアを開けると自動的に流れます」と、女性のアナウンスが流れる。続いて、ご丁寧に流水音が始まる。

 分かりやすい。でも、ここまでしなくてもいいのではないか、と思う。

 少し前までは、外の施設でトイレの水を流すには、鎖のついたハンドルやタンクの横にあるレバーを使った。最近は、センサーが増えてきた。そのセンサーにも、手のマークのついたのや、小さな明かりのものもある。

  “待つ人あり”のトイレで、流し方が分からず冷や汗をかく。説明の小さな字が読めなくて、眼鏡をかけたり外したりする。やっとセンサーを見つけ、「やれ、嬉しや」と手をかざすと、流水音が出たりする。

 あるとき、学生時代の友達と四人で食事をした。ちょっとおしゃれをして、楽しいおしゃべりをして、「そろそろ帰りましょうか」と、トイレに寄った。私たちだけだった。

 そこで皆、頭をかかえてしまった。

 個室越しに呼びかける。

 「ねぇ、どこで流すの?」「センサーもレバーもないわね」

 場所が場所だけに、あせる。眼鏡を掛け直して、真剣に探した。

 「あった! 足元の右のボタンみたいの。足で押すのだわ」

  一斉にジャーと流れる音がして、皆、無事に出てきた。

 母校の女子校の先生は、「『気品』をお持ちなさい」が口癖だった。

 「今日は『気品』どころじゃなかったわね」と、皆で顔を見合わせ、思わず笑った。

 後日、新聞の投書欄で、「トイレの水を流すやり方を一定にして欲しい。いつも困っている」という訴えを読んだ。

 「あー、皆、同じなんだ」。至極納得して、うん、うんと大きくうなずいてしまった。

推薦の評

添削講師 山崎 幸雄氏

 どこを押せば水が流れるのか。誰にでも外のトイレで困った経験がある。新しいデパートやレストランのトイレは酒落たつくりだから、困惑の度はいっそう増す。そんな体験を、辻岡さんは軽やかに、ユーモアたっぷりに描いています。「一斉にジャーと流れる音」がしたときには読んでいる私も安心し、その後、先生の「気品」の一言に降参しました。