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「栗田亘の文章1日道場」最優秀作品

「紙」 上田不二子さん (神奈川県)

  晴れた平日の朝だった。ゴミバケツを収集時間迄に出さなければと、ボロボロに疲れた身体に鞭打って、キッチンの外に出てバケツの蓋を取ると綺麗に洗ってあり空だった。もう一つのバケツも洗ってあったが、その中に小さく丸めた紙が一つあった。何か書いてあるので手にとり拡げてみると会社用箋に昨日の、夫の葬儀の心得が書かれていた。
 
  総務部各位
    昨日は休日のところお手伝い有難うございました。本日の葬儀も役柄は
  同じですから協力をお願いします。総務部としての纒まりを示す為に、スマ
  ートにビシッとやりましょう。
   私語を慎む・大声を出さない・笑わない・手は両脇に真直に下げるか前で
  合わせる・ポケットに手を入れない。
  二時間弱ですから頑張りましょう。
 
 夫の急死は晴天の霹靂だった。でも泣いてはいられない、今は夫の為にしなければならない事がある。泣くのは耐えて全てを済ませてから、と心に誓っていた。
   
 そこに、この丸めた紙の文面である。張りつめた気持ちがゆるんだ。そうなんだ。会葬の社員からみれば上司の葬儀を恙無く終えるのも会社人間の仕事なのだ。辛い気持ちでいるのは私達家族だけ、お休み返上で参列して下さった方々に感謝の気 持ちが湧く。私だって他人の葬儀で、その親族と同じ悲嘆にくれることはないじゃないか。
 
 紙の皺を伸ばして家の中に入った。昨日これを読んで社員達は告別式に参列、出棺を見送ってくれたのだ。感謝と平常心を私に呼び覚ましてくれたこの紙切れを、大切に引き出しに仕舞った。

 親しくして下さる方が、十年を経ても仏前に参って下さる。私は紙片を見せて「この紙のおかげで冷静になれたんですよ」と話す。「なんだ!小学生じゃあるまいし、誰だよこれを書いた奴は」と相手は苦笑いする。私も「本当ね」と笑う。