原書でひも解くパーリ仏典の世界| 新宿教室 | 朝日カルチャーセンター
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03-3344-1941

10:30~18:30  *日曜・一部祝日を除く

【新設】原書でひも解くパーリ仏典の世界

講師名 明海大学講師 田﨑 國彦
講座内容
~空・無我を読解するシリーズ:第一回「泡沫経」を読む~
  今回から「空と無我を説く経典を読解するシリーズ」に入ります。
第一回の連続講座は、相応部・蘊相応所収の「泡沫経」を読みます。英訳者Bhikhu Bodhi師は、「縁起して生じた現象の空なる性質を語る最も根本的な経典の一つで、特に陽炎や幻術の比喩によるイメージは後代の仏教徒、最もこれを追求した中観派によって取り上げられた」と述べている。
 初期仏教(原始仏教)は、縁起説や五蘊説によりながら、〝超越的なもの(真の自己や本来の自己を含み、仏教興起時代のジャイナやウパニシャッドや沙門・婆羅門などが説く普遍我や個我などのアートマン)〟を括弧にくくって受け入れず、非我(anattan:not-self)というよりは、むしろ無我(anattan:non-self)を説いた。attan(ātman:我)を、後代の『清浄道論』はasāra(無実体)、avasavatti(不自在)と定義する。こうした無我説は様々に説かれるが、このうち、本シリーズでは、①Dhp. no.46(この身は泡沫の如し……)、170(世界は泡沫、陽炎の如し……)、②asāraの語、からくり人形や幻術の譬えなどを用いて、この身体のはかなさ(無常・苦)、空・無我(人の無実体の義)を説くスバー尼の言葉(『長老尼偈』特にno. 388-394)、③SN. 22. 95. 泡沫経、④こうした教説にもとづく『清浄道論』の記述――常見と断見を離れた如実見の具体的内容(名と色のみがあり、有情も人もなく、からくり人形が空であるように……清浄道論, PTS ed., pp. 594-5)――を、①③②④という順序で読み進めていきます。泡沫などの比喩が語る無我論(縁起、空、無我…端的には「わたくしという現象」)が初期仏教から流れ出てどのようにひき継がれていくか、その系譜をたどります。読解資料として、パーリ原文と語彙と文法説明などを記した本資料と、読解用プリントを配布します。なお、パーリ語の辞書と文法書があれば、ご持参下さい。      
                                                       (講師・記)
日時・期間 金曜 11:45-13:15 02/08~03/08 3回
日程 2019年 2/8
受講料(税込み)
2月~3月(3回)
会員 11,016円
一般 12,960円
教材費
設備維持費
注意事項 ・教室は変わる場合があります。10階と11階の変更もあります。当日の案内表示をご確認ください。
お申込みの前に <テキスト>プリントを教室で配付します。コピー代実費をいただくことがございます。
ご案内 <テキスト>プリントを教室で配布します。コピー代実費をいただくことがございます。
(※恐れ入りますが、現金払いのみで承ります)
講師紹介 田﨑 國彦 (タサキ クニヒコ)
明海大学非常勤講師、武蔵野大学仏教文化研究所非常勤研究員、東洋大学東洋学研究所客員研究員。社会学と仏教学を専攻。社会学の専門分野は、人間コミュニケーション論。仏教学では、原始仏教、倶舎論、サンスクリット文法、和辻哲郎、清沢満之、ダライラマ十四世、チベット問題、アウンサンスーチーなどに関する論文を発表。「パーリ仏典におけるattanの用法再考――再帰代名詞の観点から」(『宗教研究』90巻別冊)、「仏陀との直接コミュニケーション――ブッダ(仏陀)観の変遷と見仏思想における『救済経験の構造』」(『超越と神秘』大明堂、所収)など。著訳書は、『ダライ・ラマ 他者と共に生きる』(共訳、春秋社)、『14人のダライ・ラマ』(上・下、共訳、春秋社)など。


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