反乱者たちの中国史| 新宿教室 | 朝日カルチャーセンター
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03-3344-1941

10:30~18:30  *日曜・一部祝日を除く

【新設】反乱者たちの中国史 シリーズ乱

講師名 明治大学教授 加藤 徹
講座内容
中国の歴代王朝の寿命は三百年を超えない。が、中国文明は過去数千年間持続し、今も繁栄している。なぜか。その秘訣は「反乱」にある。
 どこの国でも、平和が長く続けば、貧富の格差や社会問題が増大する。中国史では、社会が傾くと、野心的な反乱者があらわれる。秦末の陳勝・呉広、唐の安禄山、明末の李自成、清末の洪秀全は、登場が早すぎて失敗した反乱者である。漢の劉邦、唐の李世民、明の朱元璋、中華人民共和国の毛沢東は、失敗と紙一重で成功をつかみ、新国家の開祖となった反乱者である。これらの反乱者は、それぞれ出自も資質もバラバラだが、彼らを生んだ中国社会の土壌は今も昔も変わらない。中国は、反乱というドラスティックな形で「文明のOSのアップデート」を繰り返してきた「易姓革命」の国である。現在および未来の中国を理解するうえでも、反乱は重要である。
 本講座では、タイプが異なる三つの大反乱を取り上げ、図版や映像資料も使いながら、反乱が起きた背景や経過、現代への教訓などを、わかりやすく解説する。(講師記)

7/23【 陳勝・呉広の乱】
秦の末、前209年に勃発。無名の農民・陳勝が始めた中国最初の農民反乱は、結局は失敗に終わったものの、始皇帝死後の秦帝国の滅亡を決定づけ、後世の歴代の農民反乱の手本や反面教師となった。
司馬遷の『史記』によると、陳勝は無名時代に「燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや」、反乱の挙兵のときには「王侯将相いずくんぞ種あらんや」と述べた。後者の名言はよく、英国史の農民反乱の言葉「アダムが耕しイブが紡いだとき、一体だれが領主だったか」と比較される。しかし、中国の農民反乱の性格には、西洋的な意味での反乱や革命とは、本質的な違いがあった。

8/27【安禄山の乱】
唐の時代、755年に勃発。「外国」出身の安禄山と、彼の軍閥が引き起こした反乱は、「多民族国家」や「国際化」の光と影を浮き彫りにした。杜甫が漢詩で「国破れて山河在り」云々と詠んだほどの戦乱で、中国社会は荒廃した。
安禄山は「外国」の血を引く軍人だったが、6カ国語を自由にあやつる国際人で、玄宗皇帝から信頼されて出世を重ね、楊貴妃とも親しかった。そんな彼がなぜ反乱を起こしたのか。果たして、移民労働者の「ガラスの天井」と通じる原因があったのか。その理由を探る。

9/24【義和団の乱】
清の末、1900年に勃発。沸騰するナショナリズムの渦の中で、民衆と国家の中枢が共謀した「反乱」は、20世紀の世界史の流れをも変えた。
従来、中国の反乱は、個性ゆたかなリーダーと、反乱者なりの組織力があった。また反乱は、現有の政権に対する反乱であった。義和団の乱は、その常識を変えた。日清戦争の敗北後、中国のナショナリズムは沸騰した。民衆は「扶清滅洋(ふしんめつよう)」の旗を立てて外国人を殺した。組織もリーダーもない。怒り狂う民衆暴動の津波に、本来、鎮圧する立場の西太后ら清朝の中枢までもが荷担した。
義和団の乱は本当に「鎮圧」されたのだろうか? 現代の中国人の心の奥底には、「先進国」に対するドロドロとした感情が、今も残っている。


日時・期間 月曜 13:30-15:00 07/23~09/24 3回
日程 2018年 7/23
受講料(税込み)
7月~9月(3回)
会員 9,720円
一般 11,664円
教材費
設備維持費
注意事項 教室は変わる場合があります。10階と11階の変更もあります。当日の案内表示をご確認ください。
講師紹介 加藤 徹 (カトウ トオル)
1963年生まれ。東京大学文学部、同大学大学院で中国文学を専攻。広島大学総合科学部助教授を経て、現在、明治大学法学部教授。著書:『京劇』(中公叢 書・サントリー学芸賞)、『漢文力』(中公文庫)、『西太后』(中公新書)、『漢文の素養』(光文社新書)、『貝と羊の中国人』(新潮新書)、『怪力乱神』(中央公論新社)、『梅蘭芳 世界を虜にした男』(ビジネス社)、『中国人の腹のうち』(廣済堂出版)、『東洋脳×西洋脳』(共著・中央公論新社)などがある。

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