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名編集者・井上一夫さんが語る「編集者の仕事場 ~本の話をしよう」

投稿日 : 2016年09月21日

出版という文化 その裏面史

 朝日カルチャーセンター代表取締役社長・石井 勤

 故永六輔さんの『大往生』が岩波新書から出たのが1994年3月。本の内容紹介に「(永さんが)全国津々浦々を旅するなかで聞いた、心にしみる庶民のホンネや寸言をちりばめつつ、自在に書き綴られた人生の知恵」とあります。教養系新書としては異例のつくりでした。この「型破り」ともいえる新書を世に出したのが、編集者=井上一夫さんです。永さんの持ち味を巧みに引き出した『大往生』は版を重ね、2年間で230万部を超える、新書として空前の大ヒットとなりました。

 その井上さん。実は相当な「書き魔」であり、一部の人にとっては「読ませ魔」でもあります。編集者という仕事をして来て出会った人やその素顔、人柄を彷彿とさせるエピソード、あるいはふと胸に浮かんだ知恵の断片などを1000字のエッセイにまとめ、日々、書き綴るのです。何しろ毎日、書きます。当然、たまります。一定のボリュームになると、ていねいに印字された紙の束が郵便で届いたり、夜の酒席で手渡されたり……。

 ご本人は「読ませ魔」でも、当方に「読まされ感」はありません。1000字という長さが手ごろで、題材が興味深く、文章の歯切れがいい。なおかつ、井上さんがその日に何を思ったか、手に取るように分かってしまう。それは、実に、そっくりそのまま「この時代」のリポートになっているのでした。

 最近いただいた中に、永さんのお別れの会の文章がありました。ご本人の了解を得て、心に残る一節を引用させていただきます。

725 藍染の記念品 [2016年9月1日]

 30日の永さん「お別れの会」のときのこと。受付で引換券を渡され、とくに考えることなく、無意識でポケットに入れる。終わったあと、出口で「引換券をお持ちの方はこちらへ」と呼ばわれ、ア、これのことかと気がつき、記念品を受けとった。
帰宅して中をあらためてみると藍染の布。そこには永さんの筆でこう記されている。

生きているということは 誰かに借りをつくること
生きてゆくということは その借りを返してゆくこと

 ああ、永さんだと思う。永さんの父、永忠順さんの生活信条に「借りたら返す」があり、彼は深く共感して詞をつくる。その一部がこの言葉なのである。そしてこのことば、ぼくにはとくに思い出深い。
  (後略)

 以下、なぜ、どんなふうに思い出深いのかが綴られています。それは、永さんのやさしさ、井上さんの思いやりが心にしみるエピソードなのですが、プライベートなことでもあるので、割愛。どうしても知りたい方は、井上さんの講座「編集者の仕事場 ~本の話をしよう」を受講していただき、どうぞご本人にお尋ねください。

井上一夫 元岩波書店取締役 井上一夫さん

 井上さんとの出会いは、時代が平成に代わった直後、1989年のことでした。今年は平成28年ですから、数えなくても28年のお付き合いと分かります。井上さんは岩波書店の編集者で専門領域が歴史、私は朝日新聞社の皇室担当記者。そんなこともあり、代替わり直後だった当時の話題は、天皇制であり、日本国憲法の制定過程などでした。


 それぞれ仕事を抱えていて、年に何回も会うわけではありません。思い出したように連絡をする間柄が続いたのは、出版不況という時代背景があってのことでした。
 町の本屋さんが櫛の歯が抜けるように店をたたみ、「本が売れなくなっている」という嘆きをしばしば耳にするようになっていました。


 会うたび、話題の中心は、出版の世界での出来事や書店の現状などです。グラスを傾けながら考えているのは、どうしたらこの国の文化状況を健全に保てるのか、という身の丈に余る課題でした。
 時には井上さんの友人の編集者が加わり、静かで深い議論になることがあります。同じ店に居合わせた先客が井上さんに話しかけて来て、後から大手出版社の営業担当取締役と分かることもあります。それぞれが状況の厳しさを十分に感じていて、何とかしたいともがいていました。


 いま、世の中に広く伝えたいこと、記録しておきたいことがある。それを本にしておけば、たとえば20年後、だれかがふと手にして読み始めるかもしれない。その時、私たちは時間を乗り越えたと言えるのではないか。そんな思いが私にはあります。
 様々な角度から分析し、論じ、伝える多様な出版物が(新聞を含め)あってこそ、世の中の健全さは保たれるのではないか。そんな確信に近い思いもあります。


 そう考えた時、ぜひ井上さんに話をしてもらう必要があると思い至りました。
 井上さんが携わって来た出版の世界の成り立ち、編集者という仕事のありよう、あるいは語られなかったベストセラーの裏側……。素材として、井上さんが書き綴ってきた1000字エッセイがあります。そこに、井上さんと交遊があった数々の著者たちの言動や素顔、知られざるエピソードが書き記されていることは承知しています。
 面白くて、ためになる話が満載で、聴いているうちに出版を含めた戦後日本の文化史をたどっていると分かるようなシリーズ講座。それが今回の企画です。


 時代状況をより立体的にお伝えするため、井上さんの講演2回の後、出版や書物の世界を深いところで見ている識者、研究者との対談をはさむこととしました。


 第1シリーズは「歴史が何の役に立つのか説明してよ」。井上さんの専門領域だった歴史書づくりがテーマです。対談相手は京都・大垣書店取締役企画開発部長の平野篤さん。
 第2シリーズは「『残すことば』を選び『伝えることば』を編み出す」。岩波新書が舞台です。対談の相手は出版流通に詳しい上智大准教授の柴野京子さん。
 年明けに予定している最終シリーズは「編集とは『人間関係の技術』」。編集、出版と時代がテーマです。対談の相手にスタジオジブリの鈴木敏夫さんを予定しています。


 今回の企画は、何よりも本が好きな方を念頭に置いています。聴いて、「へ~」と思うことが多い講座です。井上さんが語るのは編集者としての仕事術でもあります。編集者を目指している方、いま現に出版社で編集の仕事をしている方にも聴いていただけたらと思います。そして、出版の現状をひそかに心配している方、この国の文化状況をよりよくして行きたいと思っている方は、同志です。ぜひともおいでください。


【新設】編集者の仕事場~本の話をしよう

本づくりは「子育て」に似ている。何より大事なのはその子の「個性」を掴み、伸ばすこと。わたしは40年間、出版に携わってきて、日々、それを実感してきました。出版とはいつも新しい挑戦なのです。だからそれぞれ、悩みや迷いがあり、ドラマがある。それはどんなものだったか、そして何が見えてきたか。それがこの講座のテーマです。

  • 編集者の仕事場~本の話をしよう① 歴史が何の役に立つのか説明してよ
    2016年10月13日、27日、11月10日  木曜18:30~20:00
    受講料 3回で会員9,072円、一般11,016円(税込み)
  • 編集者の仕事場~本の話をしよう② 「残すことば」を選び「伝えることば」を編み出す
    2016年11月24日、12月8日、22日  木曜18:30~20:00
    受講料 3回で会員9,072円、一般11,016円(税込み)
  • 編集者の仕事場~知恵の本を編む
    2017年2月7日、2月21日  火曜15:30~17:00
    受講料 2回で会員6,048円、一般7,344円(税込み)
  • 編集者の仕事場~鈴木敏夫×井上一夫 雑談のなかから作品は生まれる
    2017年3月4日  土曜13:00~14:30
    受講料 会員3,456円、一般4,104円(税込み)

いずれも、東京都新宿区西新宿2-6-1 新宿住友ビルの新宿教室で

ホームページからのお申し込みはこちらから

 

 今回のシリーズ講座を通じ、出版の世界に関心を持つ方が増え、そのことを通して出版の世界で悪戦苦闘している人たちが少しでも元気づけられるならと願っています。

 朝日カルチャーセンター代表取締役社長・石井 勤