福沢諭吉と旅するヨーロッパ

  • 遠藤 利國(著述・翻訳家、 国学院大学講師)
講師詳細

文久元年12月22日 (1862年1月21日)、27歳の福沢諭吉は、徳川幕府が派遣した文久遣欧使節団の一員としてヨーロッパに旅立ちました。このとき福沢は前回の咸臨丸でアメリカに渡航したときとは異なり、後に『西航記』と呼ばれることになる克明な日記を残しています。福沢はこの時代の人間には珍しく、日記をつける習慣をもたなかったのですが、この西欧歴訪のときだけは期するところがあったのでしょう。事実、このときの日記は、パリで買い求めた手帖に記した
メモとともに、その後の福沢の名を高らしめた 『西洋事情』 『学問のすゝめ』 『文明論の概略』等の大ベストセラーを生み出し、またその後半生に書き続けた数多くの新聞論説等の尽きせぬ泉となりました。しかもそれだけにとどまらず、ここに記された各種の記事からは、チョンマゲを結い二本差しで日本を大威張りで闊歩していた幕末のサムライたちが、日本にいては想像もつか
ない暑気、砂漠、鉄道、軍艦、病院、議会、大遺跡、大規模な土木工事等々々を目撃したときの呆然たる姿や素直な驚きが窺われます。その意味では、この日記を読むことはタイムマシンに乗って150年前のヨーロッパに飛び込むようなものともいえるでしょう。
若き福沢のヨーロッパの旅路をたどるこの講座も、フランスを終えて大英帝国の首都ロンドンへと向かい、オランダのハーグ、ライデン、ユトレヒト等を経てベルリン、さらにはペテルスブルグへと進みます。この時期のロンドンはヴィクトリア朝最盛期のシンボルとして、名実ともに世界の大首都でした。テームズ川の地下にはトンネルが走り、さらには地下鉄工事も始まり、近代科学・技術の粋を誇る万国博覧会、議会政治、民間主導の各種産業、病院、‥‥ そこは江戸などにいては想像もつかない別世界でした。今期は福沢を初めとする若き侍たちが体験した19世紀の西欧社会を紹介してゆきます。(講師記)

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日程
2020/7/11, 8/8, 9/12
曜日・時間
第2 土曜 13:30~15:00
回数
3回
受講料(税込)
会員 9,900円 
持ち物など
必要に応じて資料を配布予定です。

講師詳細

遠藤 利國(エンドウ トシクニ)
1950年東京生まれ。現、茅ヶ崎在住。早稲田大学大学院博士課程修了。著述・翻訳家。
1984年に『メディチ家 その勃興と没落』 (リブロポート) 刊行。
1994年より2020年3月まで國學院大學文学部兼任講師。

<主要著書・訳書>
『博物館のレトリック』 『教皇庁の闇の奥』(リブロポート) 『メディチ家の盛衰』『図説 モンゴル帝国の戦い』 『図説 古代ギリシアの戦い』 『図説 古代ローマの戦い』(東洋書林)、『映画を爆弾に変えた男 オリバー・ストーン』 (小学館)、『戦略の歴史』(中公文庫)、『明治廿五年九月のほととぎす 子規見参』 『現代語訳 帝国主義』 『百%の真善美 ソクラテス裁判をめぐって』『漫言翁福沢諭吉 時事新報コラムに見る明治』 (正・続) (未知谷)など