イタリア・ルネサンス/マニエリスム美術史
- オンライン講座
- 桑木野 幸司(大阪大学栄誉教授)
イタリア・ルネサンス──なんと華やぎ、生気に満ちた言葉でしょう。ボッティチェエッリ『春(ラ・プリマヴェーラ)』の明るく躍動感あふれる画面、ダ・ヴィンチ『モナリザ』の静謐なたたずまい、ラッファエッロの魅惑の聖母子像、ミケランジェロの雄渾な彫刻や建築……。こうした視覚・造形芸術の傑作が短期間に集中して制作されたイタリアの15-16世紀は、人類史上まれに見る文化の黄金時代でした。と同時に、人々が美術の制作・鑑賞行為に自覚的になり、「歴史」や「美術批評」といった視点が、アートの領域に本格的に導入されていった時代でもありました。
このレクチャーでは、西欧の美術が長い停滞の時代を脱し、革新と洗練を積み重ね、やがて極盛期=ルネサンスに達したのち、それを継承するかたちでマニエリスム芸術が展開していった流れを、全12回の講義で概観します。案内人は、16世紀のイタリアで活躍した芸術家ジョルジョ・ヴァザーリ(1511-74)。彼はむしろ、西欧美術史の最初の古典文献ともいえる『芸術家列伝』という書物の筆者としての顔のほうが、有名かもしれません。この『芸術家列伝』は、ルネサンス美術史研究の貴重な資料であるばかりか、16世紀という、芸術史の「奇蹟の時代」を同時代人として生きた一人の人物が見た、臨場感あふれる体験レポートとしても読めます。
ヴァザーリは自分が生きていた16世紀を芸術史の頂点とみなし、そこに至るまでの美術の発展を3段階に分けて記述しました。芸術は生まれ、成長し、やがて壮年に達する──こうした芸術=生命史観を取る立場からすると、自分が生きている時代のあとには必然的に衰退と死が訪れることになります。それを食い止め、芸術の最高の達成を末永く保つことは可能なのか。その視点から、ヴァザーリは過去の芸術家たちの生涯をしらべ、作品を分析し、理論的考察をほどこして一冊の書物(=『列伝)』にまとめました。その彼の芸術観に沿って、あらためてイタリア・ルネサンス/マニエリスムの歴史をたどってみることで、従来の教科書的なルネサンス美術史とは少し異なった、同時代のナマの息遣いを感じられる芸術史を語ってみることができるのではないか、と考えています。具体的には、特に、ヴァザーリらの世代が、自分より一世代前(十六世紀初頭)に完成してしまった古典芸術を前に、どうやって独自の表現を開拓していったのかを見てみたい。その試行錯誤こそが、マニエリスムと呼ばれる芸術様式の活力となりました。巨匠をどうやって乗り越え、独創性を生み出すか。そんなマニエリスム芸術家たちの苦闘は、21世紀を生きる我々にも、さまざまな議論の視点を提供してくれます。本レクチャーでは、従来の図式、すなわち、ルネサンス=古典主義美術の完成形、マニエリスム=独創性に欠けたルネサンスの模倣、という整理の仕方をいったんカッコに入れて、同時代を生きた芸術史家ヴァザーリの視点から当時のアート・シーンの諸相を追体験することで、少し異なった視点からルネサンス/マニエリスム美術史を提示してみたいと思います。その結果、マニエリスムとよばれる芸術様式が、実は、無類におもしろい表現形式であったことに気が付いていただければ幸いです。(講師・記)
(第七回)美しきマニエラ:反古典主義からローマのクレメンス七世様式へ
いよいよ、マニエリスム芸術の核心ともいうべき、マニエラ(手法)の極度の洗練へと向かう芸術動向をじっくりたどります。講義の前半では、ロッソ・フィオレンティーノとポントルモにスポットを当てます。両者は、アンドレア・デル・サルトの工房で修行をし、都市フィレンツェにおいて「反古典主義的」なスタイルを開拓しましたが、二人の抱いていた美学は、相反する方向性を示していました。ポントルモが採用した方法は、巨匠たちのマニエラ、すなわち手法を巧みに組合わせて、それらを洗練させてゆくことで、オリジナリティを出す、という選択。それに対して、巨匠たちのマニエラを破壊することで、独創性を出そうという動きを見せたのが、ロッソ・フィオレンティーノ。そのロッソも、芸術の中心地ローマに拠点を移すと、同地で展開していた「クレメンス七世様式」の魅惑にたちまちからめとられて、その作風をガラリと変化させます。講義の後半では、当時の聖都ローマで展開していた、「美しきマニエラ」の追求を追いかけます。これこそが、真の意味での、マニエリスム芸術の誕生といえる動向でした。
(第八回)神の如きミケランジェロ:孤高のマニエリストの物語
教皇クレメンス七世の芸術パトロネージによって花開いた、「美しきマニエラ」を追求する芸術文化も、そう長くは続きませんでした。1527年、「ローマの劫掠」という国際敵事件が勃発し、聖都の芸術文化がことごとく破壊されてしまいます。結果として、ローマに集まっていた芸術家たちが、聖なる都を捨てて、イタリア各地や外国にまで散らばってゆくこことなり、マニエリスム芸術が一挙に全欧規模で拡散する要因ともなりました。けれども、そうした一連の動きのなかで、つねに、マニエリストたちのモデルとして君臨していた、偉大な一人の芸術家がいました。すなわち、ミケランジェロ・ブオナローティです。1564年まで生きたミケランジェロは、一般的には、ルネサンスを体現する芸術家と見なされていますが、その長い人生の後半は、ルネサンスというよりも、明らかに、マニエリスムの様式といえる作品を多数生み出しました。今回は、この「孤高のマニエリスト」ともいうべきミケランジェロという一人の芸術家の生涯を、90分かけて、追いかけてみた胃と思います。
(第九回)メディチ宮廷の芸術制作:マニエリスム第二世代の台頭
1527年の「ローマ劫略」は、前回の主人公ミケランジェロの人生の転機となった大事件でしたが、この惨劇の影響を受けたのは、彼一人ではありませんでした。当時ローマに蝟集していた様々なアーティストにとっても、それは人生の転機となった出来事だったのです。講義の冒頭では、パルミジャニーノやロッソ・フィオレンティーノが「ローマ劫略」から受けた影響に触れます。さて、そんな惨劇に見舞われたローマでしたが、やがて、時代は徐々に安定した方向に向かい、それにともなって、専制君主が営む宮廷のための芸術(いわゆる宮廷芸術)が発展してゆきます。そうした新たな文化風土において活躍したのが、マニエリスムの第二世代とよばれる人々です。第一世代のような実験精神や、破壊的衝動といったものが影をひそめるかわりに、マニエラをとことん洗練させ、見方によっては冷たく、貴族主義的な視覚芸術が作られるようになります。その背景には、専制君主の権力をプロモートするという、当時の芸術家たちに求められた、新たな社会的役割がありました。そして、この連続講義の影の主人公であったジョルジョ・ヴァザーリが、いよいよ、芸術家として表舞台に登場してきます。
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- 日程
- 2023/1/11, 2/8, 3/8
- 曜日・時間
- 第2週 水曜 10:30~12:00
- 回数
- 3回
- 受講料(税込)
- 会員 9,900円 一般 11,550円
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講師詳細
- 桑木野 幸司(クワキノ コウジ)
- 1975年静岡県浜松市生まれ。東京大学大学院工学系研究科博士課程・単位取得退学、ピサ大学美術史学科博士課程修了(博士:Dottore di Ricerca in Storia delle arti visive e dello spettacolo)。現在、大阪大学文学研究科教授。学術振興会賞受賞。『ルネサンス庭園の精神史』(白水社)でサントリー学芸賞受賞。他の著書に『記憶術全史:ムネモシュネの饗宴』(講談社メチエ)、『叡智の建築家:記憶のロクスとしての16-17世紀の庭園、劇場、都市』(中央公論美術出版)他。