原書でひも解くパーリ仏典の世界

  • 田﨑 國彦(仏教平和学研究所代表)
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 今回の連続講座は、『非我相経』(Anatta-lakkhaṇa­sutta)を読解します。同経は、色・受・想・諸行・識(五蘊)の各々について、無常・苦・非我(三相)のうち、特に非我の説示を主題としています。パーリ『律蔵』の「大品」〔Vin, PTS ed., vol.Ⅰ, pp. 13-14〕、及び『相応部』の「蘊相応」〔SN. 22. 59, PTS ed., vol. Ⅲ, pp. 66-68〕に収録されています。
 本講座ではこれまで、an-attan説は単系進化的ではなく、多系進化的にかつ複合的に説かれ、これらを総合して理解されねばならないとの考え方に立って、〝いわゆる空・無我説〟と位置づけた幾つもの経典とその註釈、さらには『清浄道論』の該当箇所を読解してきました。今回は、原点に立ち戻り、改めて初期仏教のan-attan説を考えましょう。
『非我相経』は、大品によれば、ゴータマ・ブッダは、菩提樹下、十二支縁起を覚って成道した後の「初めての説法」において、中道(八正道)と四諦の三転十二行相を説く『転法輪経』に続いて、二番目に説きました。第一説法を聴いて、コンダンニャなどの五人は、順番に「何であれ、生起を性質とするもの(五蘊などの諸法のこと)はすべて、滅尽を性質とするものである」を内容とする「汚れを離れた法眼」を生じたという。上にあげた『相応部』に対するブッダゴーサの註釈書は、ブッダは、法眼を生じて預流果(聖者の最初の段階)に達した五人をさらに漏尽阿羅漢の境地に至らせようと、『非我相経』を説いたと説明しています。
 こうした経典説示のコンテキストを踏まえ、以下を試みます。①否定辞anを前分とする複合語an-attanの意味を、パーリ註釈書の諸解釈や現代学者の研究成果を用いて再考する。②五蘊をan-attan考察上の前提や思想的枠組み(パラダイム)とする。③無常・苦と非我の相関関係を考える。④教説「これ(例えば色)は、私のものではない。これは私ではない。これは私のattanではない」の意味を考える。読解資料として、パーリ原文と語彙と文法説明などを記した本資料、及び読解用プリントを配付します。パーリ語の辞書と文法書があれば、ご持参ください。

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日程
2019/11/8, 11/22, 12/13
曜日・時間
第2週・第4週 金曜 11:45~13:15
回数
3回
受講料(税込)
会員 11,220円 一般 13,200円
持ち物など
<テキスト>プリントを教室で配布します。コピー代実費をいただくことがございます。
(※恐れ入りますが、現金払いのみで承ります)
その他
・教室は変わる場合があります。10階と11階の変更もあります。当日の案内表示をご確認ください。

講師詳細

田﨑 國彦(タサキ クニヒコ)
パーリ・サンスクリット・チベット「平和の文化」研究所代表。武蔵野大学仏教文化研究所非常勤研究員、東洋大学東洋学研究所客員研究員。社会学と仏教学を専攻。社会学の専門分野は、人間コミュニケーション論。仏教学では、原始仏教、倶舎論、サンスクリット文法、和辻哲郎、清沢満之、ダライラマ十四世、チベット問題、アウンサンスーチーなどに関する論文を発表。「パーリ仏典におけるattanの用法再考――再帰代名詞の観点から」(『宗教研究』90巻別冊)、「仏陀との直接コミュニケーション――ブッダ(仏陀)観の変遷と見仏思想における『救済経験の構造』」(『超越と神秘』大明堂、所収)など。著訳書は、『ダライ・ラマ 他者と共に生きる』(共訳、春秋社)、『14人のダライ・ラマ』(上・下、共訳、春秋社)など。