【教室受講】東アジアのなかの渤海史
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【教室受講】東アジアのなかの渤海史
 渤海は698 年に靺鞨族の大祚栄が建国し、926 年に契丹によって滅ぼされます。都はなん
どか移動がありますが、中心は上京龍泉府(黒龍江省寧安)です。高句麗の旧領の北半か
らさらに北に広がり、唐から「海東の盛国」とよばれます。新羅とは没交渉でしたが、日
本とは頻繁に使者のやりとりをしています。この渤海国の歴史を東アジアの動向のなかで
考えていきたいと思います。今期は、建国と、唐・日本・新羅との関係のはじまりについてみていきます。(2021年10月期より開講)


【カリキュラム】2022年
■1月6日⑥貞恵公主と貞孝公主
第三代の王大欽茂の第七女が貞恵公主、第四女が貞孝公主です。ともに墓のなかから墓碑が発見され、その墓であることがわかりました。その墓、墓碑についてみることにします。
■1月20日⑦渤海王都の変遷
渤海は建国の地(東牟山)から顕州に都を遷し、その後、上京龍泉府に遷ります。いったん東京龍原府に移動し、また上京龍泉府に戻ります。結局、上京龍泉府にいた時期が最
も長かったといえます。このような王都の変遷をあとづけます。
■2月3日⑧渤海の政治制度
渤海国には中央政庁として宣詔省・中臺省・政堂省の三省がありました。唐の門下省・中書省・尚書省の三省にならったものです。それ以外の政治制度も多く唐にならっています。唐から「海東の盛国」と呼ばれることになりました。
■2月17日⑨日本との通交関係の変化
771年に出羽の到着した渤海使節は一七隻の船で総勢三二五人でやってきます。この頃以後の使節は、政治的な目的よりは、おもに交易を目的としたものということができます。新羅からの使節も同様に変化があります。
■3月3日⑩渤海の航路
渤海からの使節の航路は、当初、北回りで北海道の西を経て南下してきました。その後は南回りもありますが、多くは能登半島に到着します。日本からは能登半島から出発します。そうした航路について考えます。また渤海の交易品についてもみていきます。
■3月17日⑪首領制とは何か
渤海からの使節に首領という職名がみられます。『日本後紀』の逸文かとおもわれる『類
聚国史』の記事にも首領が登場します。その首領とはいったいどのような地位なのでしょうか。渤海の官名について考えます。


・教室受講でお申込みの皆様にはアーカイブ動画の配信はありません。予めご了承ください。

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注意事項

・教室でのご受講を承ります。(本講座は教室受講またはオンライン受講のどちらかを選ぶハイブリッド講座です、講師は教室)。
オンライン受講は別のリンク先よりお申込みください→https://www.asahiculture.jp/course/nakanoshima/3cc31a36-000f-e2ac-511c-61723e152d64

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日程
2022/1/6, 1/20, 2/3, 2/17, 3/3, 3/17
曜日・時間
第1週・第3週 木曜 13:00~14:30
回数
6回
受講料(税込)
会員 18,480円 
設備費(税込)
660円
持ち物など
こちらは教室受講です、アーカイブ動画の配信はございません。
※教材としてプリントをお配りする場合はコピー代の実費をいただきます。
その他
窓口でお手続きされる方は、歴史22のちらしをご覧ください。
2021年10月期より開講、全16 回の予定です、各回、テーマごとにお話しいただいています。

講師詳細

田中 俊明(タナカ トシアキ)
1952年生。京都大学文学部卒業、同大学大学院文学研究科博士課程認定修了。堺女子短期大学講師・助教授を経て、滋賀県立大学助教授・教授。2019年3月退職。『大加耶連盟の興亡と「任那」』吉川弘文館、『古代の日本と加耶』山川出版社、『韓国の古代遺跡1・2』『高句麗の歴史と遺跡』(ともに東潮との共著)中央公論社。