聖徳太子と女帝推古 古代国家成立の謎をとく
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本年は聖徳太子没後1400年、各地で記念行事が予定されています。『日本書紀』や『上宮聖徳法王帝説』には聖徳太子の事績や人物像が詳しく記されます。しかし、その信ぴょう性は様々な議論があります。また、考古学的にも聖徳太子墓をめぐって論争となっています。斑鳩宮周辺に発掘された建物群などが后妃や皇子宮で、別居の実態も分かりつつあります。史料と発掘成果との対比を試みます。
10/9 推古女帝と植山古墳
わが国最初の女帝、推古天皇はどのように誕生したのか。五世紀末まで天皇は皇女を妃にしませんでした。皇女を妃にした理由は、妃や皇子を序列化するためか?婚姻とともに后妃を政治に参画させるためか?推古天皇の経済基盤なども追跡します。推古天皇時代には前方後円墳築造が終焉、推古天皇陵の実態と古墳祭祀の意義も紹介します。
11/13 上宮王家の滅亡と諸宮
蘇我入鹿は山背大兄皇子の斑鳩宮を襲撃、上宮王家は滅亡します。山背大兄はなぜ殺されたのか、度重なる即位の機会を逃し、朝廷内で立場が危うくなる過程を精査します。上宮王家とは何か。その経済基盤は?近年、斑鳩宮周辺で数多くの建物群が発見され、聖徳太子の母の中宮と后妃宮などが推定されています。聖徳太子没後の一族の動向をさぐります。
12/11 岩屋山型石室論争と聖徳太子墓の行方
聖徳太子墓は磯長谷(しながたに)の上城(うえんじょ)古墳と推定され、その墓室は府立近つ飛鳥博物館に復元展示されています。石室は石舞台式に後続する岩屋山式とされますが、年代があわず、論争となっています。来目皇子墓、山背大兄皇子墓、泊瀬皇子墓などを推測、上宮王家に従属する石工集団の動向を示す新説の紹介です。

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お申し込み
日程
2021/10/9, 11/13, 12/11
曜日・時間
土曜 10:30~12:00
回数
3回
受講料(税込)
会員 9,570円 
設備費(税込)
330円
持ち物など
受講料には、資料代を含んでいます。
※設備費は、教室維持費です。