シモン・ド・モンフォールの乱 その争点は何か

  • ケニルワース城
  • 朝治講師
  • 朝治 啓三(関西大学名誉教授)
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高校教科書では、シモン・ド・モンフォールはイングランド庶民院の創設者であったが、王の軍と戦って敗死したと説明されています。ではフランス出身の貴族がイングランド王国の国王と戦い、その地の住民の利益のための制度を作ったのは何故なのでしょう?イングランド国王ヘンリ3世とレスタ伯シモン・ド・モンフォール(換言すれば国王と諸侯)は、国政の主導権を争い、王政に敵対して貴族政を樹立しようとしていたのか?それとも、諸侯は議会制国家を樹立しようと目論んでいたのか?議会(パーラメント)に召集された騎士や都市代表は、王や諸侯による国政に同意していたのか、それとも反対していたのだろうか?日本でいえば鎌倉時代当たる13世紀に、イングランドでは大憲章が生まれ、議会の萌芽形態が登場します。社会の歴史的変化を政治史の文脈で考えてみることで、それらの疑問への回答を探しましょう。 次の3テーマに分けて話します。
1.1215年から1258年までの王国統治の担い手は誰か?
2.1258年6月オクスフォードでのパーラメントで、国王と諸侯が合意したのは、誰が王国統治を担うのかという権力の構造を新たに構築すること。
3.1265年1月のパーラメントで何が決まったのか、それはその後も引き継がれたのか。

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日程
2020/1/20, 2/17, 3/16
曜日・時間
第3週 月曜 13:30~15:00
回数
3回
受講料(税込)
会員 8,910円 一般 9,900円
持ち物など
持ち物:筆記用具 
※資料をお配りする場合、実費をいただきます。(1枚20円)
その他
受付窓口でお手続きされる方は、ちらし<公開2>をご覧ください。
★今期は月曜日になります★

講師詳細

朝治 啓三(アサジ ケイゾウ)
京都大学文学部大学院博士課程後期課程修了。神戸女学院大学教授、ケムブリッジ大学クレア・ホール、ヴィジティング・フェロー、関西大学文学部教授。京都大学博士(文学)。